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macと競馬と福岡ほか、至極個人的に気になることいろいろ。
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母は偉大だった
去る6/26 8:02に、特発性間質性肺炎という病気により、実母が息を引き取った。
3月から入院@佐世保をしており、自分は死亡の日の前日、前々日と病院に行き、傍にいたが、皮肉なことに死亡したその日は家@福岡に帰ってしまっていたため、死に目に立ち会うことはできなかった。3人兄弟の中で、自分だけが。

慌ただしく当日に通夜、翌6/27に葬儀が執り行われた。
社交性に富んでいた母の人柄のせいか、親族以外にも友人の方が多数参列していただいた。
皆が母の死を本当に悼んでいることに、母の偉大さを感じた。

自分も含め、父親と二人の兄と、決して孝行できたほうではなかった。
が、この1ヶ月、急に体調を崩してからは、みなで交代して母に付き添った。
皮肉なことに、この1ヶ月ほど母のことを想ったことはなかった。
また、母の死後、父親含め男4人だけで、母の遺影を前に酒を酌み交わした。こんなことも今までなかった。

30を目前にして母が亡くなってしまうとは、少し前の自分なら信じることはできなかったし、
なにより今でさえも母がこの世からいなくなったことに対して、実感はさしてない。特に実家を離れてもう10年以上経っているので、日常生活での母の不在を感じることはなかったからだ。

火葬の後、骨になった母を見ても、まだ信じることはできなかった。
おそらく、今後、お盆や正月に帰省して、今までいたはずの母の不在、帰省の楽しみの一つだった母の手料理の不在を目の当たりにして、改めて実感することになるのだと思う。

確かに、葬儀の中で、嗚咽ともに涙を流しはしたが、それはこれから母が楽しみにしていたいろいろなことを、母が楽しめなくなってしまった無念を思っての涙であり、自分にとっての母の不在を悲しんでの涙とは異質なものだった。

母の入院中、親戚の一人が「母の手料理は美味しかった」となにげなく言ったことがあった。
怒りがこみあげた瞬間だった。
「母はまだ生きている。母の手料理は”美味しい”のだ」と強く思った。
その親戚に直接は言わなかったけれども、憤りは強く感じた。

そして、今日、「母は偉大だった」と書いた。母のことを過去形で語らなければいけなくなったことがなにより悲しい。


お母さんへ
ありがとう。おやすみなさい。
| 日記 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(1) |
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